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NPO法人essence
 

岩永 歩さん

 
 

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お客さまアドバイザー
奈良支社 ならまち営業所

高瀬 千尋

食を通じて、お互いを知るきっかけをつくる
「おいしい」はすべての人の心をつなぐ

奈良支社ならまち営業所のお客さまアドバイザー高瀬千尋は2018年春から、地元で手話サークルを主催しています。手話を始めたのは23歳の頃。手話通訳者の資格を取得するまでに上達するも、結婚し、母となり、気づけば手話から離れて20年以上の歳月が過ぎていました。転機となったのは、地域の自治会で、耳の聞こえないご夫婦と出会ったことでした。とっさに手話で対応した高瀬は、引っ越したばかりで地域に知り合いの少ないご夫婦のために、交流の輪を広げようと手話サークルを発足。活動を通じ、聞こえないことで不安や孤独を感じている人が、予想以上に身近にいる事実に気づかされたと言います。
「誰もが生きやすい町」にしていきたい----。そのヒントを求めて向かったのは、大阪・北新地にあるパンの名店「ル・シュクレクール」。全国有数の人気店を率いる傍ら、2012年にNPO法人「essence」を設立し、手話で交流する食事会や料理教室、マルシェなど、「食」を軸にした活動に取り組む岩永歩シェフに、活動の軌跡と目指す未来について聞きました。


障がいのある子を授かったことの意味、自分にできることを探して

高瀬 岩永さんは障がいがある人と健常者を「食」でつなぐさまざまな取組みをされていますが、活動を始めたきっかけを教えていただけますか?

岩永 きっかけは、重度の障がいがある長女が生まれたことでした。その子を授かった意味を求めて、自分にできることを長い間、探していたんです。なかなか答えを見出せずにいたのですが、2011年に東日本大震災があって。震災から1年後、飲食仲間に誘われて女川の仮設住宅を訪れたんですね。

高瀬 被災地でボランティアを?

岩永 はい。当時仮設住宅では、コミュニティが成立していないという問題を抱えていたので、「会話が生まれる食事を」というテーマで飲食関係者が青空レストランを開催していました。
僕たちが食事を提供した後、一人のおばあちゃんが涙を流して「生きていてよかった」と言ってくれて。自分は何をすべきなのかという迷いが晴れていく気がしたんです。人一人を喜ばせることなら、自分にもできるなと。

高瀬 その出来事が、NPO法人「essence」の設立につながって。

岩永 被災地から戻ってすぐ、偶然、聴覚障がいのお客さまが来店されたので、「どんなことをして欲しいですか?」と聞いたことがありました。その答えというのが「色々なお店に行きたい」という一言で。ショックでしたね。そんな簡単なことですら、彼らは躊躇しなければいけないのかと思うと。

店側がウェルカムの意思を示せば行動範囲は広がるはず

岩永 店側としては、拒んでいるわけではないんですが、無意識のうちに間口を狭めている部分はありますよね。例えば「予約は電話のみ」となっていたら、耳の聞こえない人たちは、拒絶されていると思いかねないでしょう。

高瀬 お互いを知らないからこそ、誤解が生じてしまう。

岩永 ええ。互いを理解するにはまず障がいの有無に関係なく、一緒に過ごす場が必要です。その空間づくりに「食」を生かそうと考えました。そこで、手話通訳付きのお菓子教室を開催したところ参加者から「一生の思い出になった」という感想をいただいて。これは片手間にできることではないなとNPOの設立に踏み切ったんです。

高瀬 「essence」が開催する手話交流食事会や料理教室、マルシェなどには多くの有名店が参加されていますよね。

岩永 はい。僕は根本的な問題として、日本では障がいのある人たちが地域社会の中で隔離されていると感じていて。接したことがないのに互いを理解しろというのは無理がある。だから多くの人に活動に参加してもらいたいですし、そのためには人を惹きつける「価値」が大事だと思っているんです。幸い、飲食業の各方面にさまざまな知り合いがいるので、そこは強みとして活かしています。障がいのある人たちは、日頃プロの料理人に接する機会がないので喜んでくれていますし、店側としても知らない世界に触れることができる。双方を知る機会になっていると思います。

高瀬 私も20代で手話を始めるまでは、障がいのある人をまるで理解していなかった気がします。当時の手話サークルには、車椅子の方、小児麻痺の方とも知り合いになったのですが、皆さん話がすごく面白いんですね。意識も高くて、左手があまり上手に動かせない小児麻痺の子は、手話通訳を目指して努力していて。守るべき存在だと思っていた彼らはとても頼りになる存在でしたし、私も何か役に立ちたいと思うようになりました。ル・シュクレクールのように、障がいのある人が気軽に来られるお店があると、立ち寄った人も「ああしてサポートすればいいのか」と気づきを得られますし、すごくいい活動だなと感じます。

岩永 人に出会う場に出ていくということはとても大事ですよね。だから、「essence」の活動に参加してくれる人たちにはお店に来て欲しいとお願いしています。この活動をいいと思ってくれたら、参加しているお店(賛助会員店舗)にもぜひ足を運んでみて下さいと。

手話をきっかけに多くの気づきを得られたと高瀬は語る。「障がいのある人を見かけた時に、自然に声をかけたり、お手伝いできるようになりました

遠慮なくどうぞ----。店の入口に貼られていた補助犬ステッカーと車椅子ステッカーは、「essence」のオリジナルだという。

今後の課題は障がいのある人たちが活躍できる場を増やしていくこと

高瀬 今後、垣根のない社会を実現するには、どういった取組みが必要だと思いますか?

岩永 正直、あまり大それたことは考えていないんです。社会の構造を変えるのには、まだ2世代ぐらいの時間はかかると思っているので。でも、近しい人たちにこんな世の中になったらいいよねというビジョンを伝え共有していくことはできますし、地道に続けることが大事だと思っています。

高瀬 「essence」の活動としては、どのような展開を考えていますか?

岩永 自分たちの役割は、リレーのスターターかなと思っていて。「少しでも前進すればいい」ぐらいの気持ちでいるのですが、近い将来、障がいのある人の雇用創出や就労支援事業所との協働に取り組んでいきたいと思っています。料理人が海外で修行する際には言葉の壁を経験していますから、コミュニケーションの難しさを受け入れやすいという土壌がありますし、食のプロでありながらも店舗規模やマンパワー的に十分でない僕たちのような個人経営店にとって、働く意欲はありながらも労働の場や収入に課題がある人たちとタッグを組むことは双方にとってのメリットがあります。何より、これは僕たちにとっても大切なSDGs(※)への取組みに直結すると考えています。
「食」というキーワードで僕たちと障がいのある人たちがつながり、いつか、おいしいと評判の店を訪れたら、障がいの有無に関係なく皆が生き生きと働き、楽しく食事している。そんな景色を自分の代でつくっておくことが目標です。

※SDGs とは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発のための17のグローバル目標と169のターゲットからなる。障がいについては質の高い教育、働きがいと経済成長、不平等の是正、住み続けられる街づくり、パートナーシップの5目標で言及されている。

あらゆる人とのつながりは興味・関心からはじまる

高瀬 最後の質問です。人とのつながりに必要だと思われていること、人と心地よい関係を構築する上で心がけていることは?

岩永 人とのつながりが、どこから生まれているかを考えると、興味と関心だと思うんです。自分が関心を持っていることには皆、意識しないでもアンテナをはるでしょう? 興味・関心なくして、つながりは生まれないですから。さらに言うと「自分」がはっきりしている人ほど他者から興味・関心を持たれやすいですし、人は凸凹があるからこそ、つながりやすいと思うんです。だから僕自身、常に自分らしくあろうと心がけています。


特定非営利活動法人 essence

2012年5月に発足。飲食業界における本業を通じた社会貢献の場をクリエイトし、障がいの有無に関係なく人々が交わりあった社会がスタンダードになることを目的とした様々な活動を世の中に提案・実践している。
essence:http://www.npo-essence.com/

編集後記

奈良支社 ならまち営業所 お客さまアドバイザー
高瀬千尋

取材の数日後、奈良の町を歩いていたら、「補助犬ステッカー」や「車椅子ステッカー」「耳マーク」などを貼っているお店が少ないことに気づきました。観光客は多くても、障がいのある人たちが、気軽に立ち寄れる場所は多くはないのだと。
手話サークルを立ち上げて1年。「誰もが生きやすい町」に向けてはまだ道半ばですが、岩永さんの「地道に続けることが大事」という言葉に勇気づけられました。
「ええ格好しぃ」と言う人もいます。それでも「目の前の人を、何のためらいもなく大切にすること」を今後も続けていきたいと思います。