明日をつくるつながり|淡路島
ハタラボ島協同組合 富田祐介さん

FEATURE | 明日をつくるつながり | 淡路島

ハタラボ島協同組合
富田祐介さん


近くて遠い、遠くて近い。淡路島と本州の関係を結ぶ存在

 淡路島を語る上で欠かせない視点は、海を隔てた「島」ということです。本州との最短距離はたったの4km。対岸の神戸市垂水区とは明石海峡大橋でつながり、京阪神の都市部にバスで通勤する人もいるほど身近な島です。

 2014年、淡路島の中でも珍しい、企画や地域コーディネートを専門とする会社「株式会社シマトワークス」が生まれました。
 それまでは、事業者がそれぞれで情報を発信し、島外のお客さんを手探りで探し求めている状況。同じく、島外から淡路島にアプローチしたい事業者も、誰にコンタクトを取ればよいのか分からずにいました。

 そこに現れたのが、「シマトワークス」。淡路島に関係する「実現したいこと」を持つ人の窓口となり、アイデアを高めてくれる存在です。
 代表の富田祐介さんは、自らの立ち位置についてこう分析しています。

「島内の人は島外につながりがある人を、島外の人は島内につながりがある人を求めていました。当然のことのように思いますが、淡路島は地図での見た目よりも、ずっと遠い場所。だからこそ、独自の文化も育まれ、休日になると非日常を求めている人たちが本州から観光にやってくるのです」

 そう語る富田さんは、海を隔てた隣の市の神戸市垂水区出身。誰よりも島が近くて遠く、遠くて近いことを知っている移住者です。

島の財産は豊かな自然から生み出されるモノ・コト。そして何よりも、人。

モノづくりとコトづくりを一体化させることで、新しい魅力を生む

 現在は、観光や食、人材育成の分野で企画と戦略の立案をする富田さんですが、経験を積み重ねてきたふたつの分野が自身の仕事の軸となっているそうです。
 ひとつは、イベント企画、もうひとつは建築。

 幼い時からモノづくりが得意だった富田さんは、建築家を目指して大阪の大学に進学しました。その在学中に、イベントの企画や運営を行う道と出会ったそうです。
「兄がサークルでイベントを企画運営していたことで、影響を受けました。人がわっと集まって、素晴らしい瞬間をともに過ごす一体感にすっかり魅了されてしまって」

 建築がモノづくりだとすると、イベント企画はコトづくり。その両方を一体化させることで新しい価値観を生み出していきたいと、若かりし日の富田さんは考えました。

「シマトワークス」はいま、観光や食、新規事業の立ち上げ、人材育成などの分野で淡路島の内外を力強く結び付けています。
 お客さんたちも、淡路島という個性的なフィールドで、ただモノや場をつくるだけではなく、そこにコトが絶妙に絡んでくる「シマトワークス」の仕事ぶりに高い評価を与えているそうです。

「人生で最もわくわくできる場所なので、淡路島で働き、暮らしています。でも、ここまでの道のりは平たんではありませんでした」
 一体、どういうことなのでしょう。

 話は、大学卒業前にまでさかのぼります。当時、富田さんは建築と企画の両方から価値観を生み出せる就職先を探しましたが、見付けることはできませんでした。自らで仕事を作っていくしかない。そう考えて選んだのがフリーランスの道です。
 建築の設計と施工ができると、作例集を抱えて不動産屋に飛び込み営業をしましたが、世の中は甘くありません。実績も縁もない若者に、仕事を任せてもらえませんでした。

 そんな時に、目の前に現れたのが、「NPO法人淡路島アートセンター」の活動拠点となる「日の出亭」の古民家改修工事です。以後、「淡路はたらくカタチ研究島」、「ハタラボ島協同組合」で運命を同じくする、ディレクターのやまぐちくにこさんと出会います。

「断られ続けていた中で、何のバックグラウンドも持たない私にリノベーション工事を任せてくれるということだけで感動しました」

 以後、富田さんは改修工事だけではなく、ことあるごとに淡路島に足を運ぶようになっていきます。

島は時間の流れ方や慣習など、本州とは異なることがとても多いと話す富田さん。

やりたいことを叶えてくれる仲間たちと、大いなる淡路島に誘われて

 フリーランスでの活動は2年と心に決めていた富田さんは、その後、計画していたとおり東京で設計事務所に勤め始めました。「どうせ働くならこれまでに作ったことがない大きな建物を作れる場所が良い」と考えたからです。
 とはいえ、コトづくりの道を諦めたわけではありません。終業後の時間や休日などを使って、「誰かの誕生日を聞いたこともないレベルで祝ってみる」「首都圏で尺玉クラスの花火を上げる」など、フリーランスの時にも増して、個人的な企画の活動を拡大させていきました。
 そして、なぜか東京にいながらも、淡路島との関わりは密になっていったそうです。

「都内では難しいことが、淡路島でなら簡単にできるからです。たとえば花火のイベントは、消防法の関係で周囲に民家がないことを求められますが、実際に都内に条件を満たす場所はありません。やってみたいことを思いついても、都会では挑戦する場所すら見つからない。でも、淡路島なら条件に合う場所はたくさんあるんです」

 イベントに必要な水や電気の供給や許可申請など、都内では難しかったあらゆることが、あまりにも簡単に解決できる淡路島。実は、申請書の提出などで、富田さんの活動を現地から支えていたのは、「日の出亭」からの仲間、やまぐちさんだったそうです。

 そのまま30歳まで都内で働き、独立するという目標があった富田さんですが、大きく運命を変えることが2010年の年末に起こりました。
 2012年から始まった、「淡路はたらくカタチ研究島」の立ち上げを、やまぐちさんから誘われたのです。
 富田さんは、当時を振り返って「あの時、戻る気はあまりなかったんだけどね」と笑います。一体、どうしてでしょう。

「島は仕事の進め方が東京とは違うと感じていたんです。都市部なら、目標があり、予算やコンセプトがあって、そこに品質や効率を掛け合わせる。でも、島はそういうことがふわっとしているように思えました。それに東京生活も長くなっていたので、自分が持っているつながりも東京の方が多くなっていたのもあります。人生を賭ける分岐点ですから、慎重に考えて当然です」

 しかし、紆余曲折の末に富田さんは決意を固めました。仕事を辞めて、淡路島へ移り住んだのです。

仲間だけでさまざまなニーズを完結できる。ノマド村の洗面台は富田さん作。

意識、行動、働き方、暮らし方が変わって今と未来がある。

みんなで生み出し育ててきた、お金では換算できない価値観の存在

 当時を振り返って、富田さんはわくわくするから「淡路はたらくカタチ研究所」立ち上げの道を選んだと笑顔で話します。

 でも、著名な講師による年間100コマを超える授業を用意し、300人を超える参加者の対応を4年も続けることは、並大抵の苦労ではありませんでした。
 しかし、その時の努力の甲斐あって、プロレベルの企画力と運営経験を身に付けたことから、「シマトワークス」が生まれたのです。

 そんな富田さんが大切にしていることは、いかにわくわくできるかということ。ある日、一般的な単価を大きく下回る依頼があったそうです。当然、丁重に断った富田さん。でも、それは大きな反省になったそうです。

「お金のために引っ越してきたのか、わくわくするために引っ越してきたのか。最も大切な私の原点を見つめ直すきっかけになりました。移住当初は戸惑うこともありましたが、今なら目先の収益よりも、仲間や島の価値観を優先すべきと明言できます。一生かけてお付き合いしていけば、どこかでどうにかなっていくのが島の働き方なので」

 島に渡り、もうすぐ10年。淡路島に来てから何が変わったかを尋ねてみました。

「都会に暮らす人たちの話を聞いていると、お金を稼ぐことに人生の時間をかけているのかなと感じることが増えました。どちらが良いという話ではありません。都会で働くことのやりがいと、淡路島で働くことのやりがいは違う。そういうことを認識できてこそ、島内と島外のバイパス役になれるのではないでしょうか」

 いま、富田さんの周囲には、長い年月をかけて、さまざまなプロジェクトを生み出し乗り越えてきた仲間たちがいます。
「この前、奥さんと分かったことがあるんですよ」と富田さん。
 それは、淡路島に移住し、働き暮らしている、ひとつの家庭としての価値観でした。

「奥さんと『いま、すごい幸せやな!』と、同時に思うことがあります。それは、誰かと関わった直後なのだと気付きました。仕事だけではなく、飲み会で盛り上がった後とか、誰かがうちに泊まった後で片付けている時とか。幸せだなと実感するときは、仲間の存在を体感する時です。夫婦二人だけでは実現できない強い輪ができているのだと感じます

 仲間や親せきなど、密な誰かがいてくれて、支え合う。そのつながりを、感じ取り、感謝する。
 過去から今へ、今から未来へと続く「人と人のつながり」が、そこにあったのでした。

わくわくする未来を、これからも、信頼を培ってきた仲間たちとつくっていく。


■ 富田祐介(とみた・ゆうすけ)

1981年、兵庫県神戸市生まれ。大学卒業後、2年間フリーランスの設計士として神戸・淡路島で活動。2007年より東京に移住し日建設計グループへ入社。2012年に淡路島へ移住し「淡路はたらくカタチ研究島」事務局立上げ・運営。本業を建築から企画に変更し2014年 シマトワークスとして独立。「わくわくする明日をこの島から」をモットーに、島を拠点に地域、分野、個人・団体・行政・企業問わず幅広く企画提案を行い、法人化を経て現在に至る。2016年「淡路はたらくカタチ研究島」を継承するかたちで仲間と共に「ハタラボ島協同組合」立上げ、こちらでも活動を行っている。

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