明日をつくるつながり

これからのつながり

画家・YouTuber柴崎春通さん

絵画を通して世界の人々をつなぐ、YouTubeチャンネル。

「上手に絵を描けたら、いいのにな」。そう思ってもあきらめてしまう人もいます。でも、柴崎春通さんは、「練習すれば描けるようになりますよ。コツだってあるんです」と笑顔で話しかけてくれます。

 柴崎さんの活動の場は、YouTubeという動画投稿サイト。Youtubeで活躍する多くの投稿者は若い世代の方が中心で、あらゆるジャンルで高い技術を持つエキスパートたちも参加。その中で柴崎さんは絵の先生として動画を投稿しています。

 絵画講師歴40年を超す柴崎春通さんの『Watercolor by Shibasaki』というチャンネルを早速覗いてみたところ、出てきたのは、74歳になる柴崎さんの笑顔のアイコン。再生リストに並ぶのは、動植物や人を簡単に描く方法など、思わずクリックしたくなる動画の数々です。

 試しにひとつの動画を見てみると、「はーい、こんにちは。柴崎です」という、やさしい声。「今日は試しに木を描いてみましょう」と、にこやかに話しかけてくれますが、授業は実践を最重視したもの。ほんの数分の間に、いきいきとした風にそよぐ木がキャンバスに描かれていきました。

 動画を見終わった後に残ったのは、「私にも、できるかも!」という不思議な感覚。この動画をきっかけに、本当に筆を持つ人もいるのではないでしょうか。さらには、癒されるような、勇気づけられるような、不思議な気持ちも芽生えています。柴崎さんご自身に、率直に感想を伝えてみました。

「息子が、せっかく絵を教えてきて、個展もやっているのなら、もっとたくさんの人とつながるYouTubeをやってみようよと誘ってくれました。絵を描きたい人の役に立ちたいという思いがスタート地点でしたが、お爺ちゃんと話しているみたいとか、寝る前に聞くと安心するという感想が、よく聞こえてきます」

 動画に付けられているコメントを見ると、絵画についての質問や感想だけではなく、人生相談や柴崎さんを愛する声など、温かい会話が世界中の言語で書き込まれていました。

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Zoom取材時の柴崎さん。こちらの質問にじっと聞き入り、丁寧に回答してくださる様子は、YouTubeでの優しい人柄そのままでした。

いつも生徒とは一対一。だから、柴崎さんは「あなた」と呼びかける。

 YouTubeチャンネルを開設する以前、柴崎さんは、長らく絵画講師の仕事をしていました。キャリアのほとんどは、講談社フェーマススクールズが1967年に開講した、日本でも最古参の絵画通信教育講座。アメリカで成功していた事例をそのままに、日本で展開したものです。

「受講者は課題を与えられ、絵を描いて送ってきます。講師は『こうすれば良くなるよ』と実際に受講者のタッチや方向性に合わせた回答例の絵を描き、メッセージを添えて送り返します。この添削方法が、先輩たち講師陣を悩ませていました」

 画家には、それぞれ自身の作風があります。長年、活躍してきたプロならばなおのこと。自分とはレベルが異なる受講者の画風に合わせた絵を描くことは、先輩たちにとって、精神的にも技術的にも難しいことだったそうです。

「先輩たちが、アメリカからやってきた指導者にボツをもらうところを何度も見てきました。当時、雑務係だった私は、『絶対にここで一人前になる』と心に決めていて、その指摘を取り入れた絵を空いた時間に描き続けたのです。数年経ったある日、その努力が認められて講師になることができました」

 以来、長年にわたって通信講座で絵の添削をし、生徒へメッセージを送り続けてきた柴崎さん。先生にも関わらず、生徒と顔を合わせることがない仕事でしたが、その環境で得た経験が今の活動に活きているようです。

「画面の向こうにたくさんの人たちがいることは、もちろん分かっています。でも、私にとっての生徒は、常に『あなた』一人だけ。通信講座の時と同じ気持ちで話しかけているだけです。私にとって最も自然体になれる呼びかけ方ですし、何よりも、一対一という関係性が好きですから」

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YouTube収録時の柴崎さん。この笑顔を見ていると、画面越しでも心が通ったような気持ちになります。

 柴崎さんの動画を見ていると、ふと「いま、心と心が通ったのかも」と感じる瞬間があります。たとえ、見ているのがパソコンやスマートフォンの画面でも、どう感じるかは、お互いの気持ち次第。デジタルネットワークの素晴らしいところは、たくさんの人と同時につながれることだと考えていましたが、一対一の関係性も育めるものだと、柴崎さんは伝えてくれています。

時間・場所・立場を超えたコミュニケーションが生む、フラットな関係性。

 現代のインターネットサービスは、一方通行の発信だけではなく、双方向でコミュニケーションが取れることも魅力です。たとえば、コメント機能も、そのひとつ。YouTubeでも、動画に対して見た人が、それぞれのコメントを残していきます。

「コメントのやり取りができると知っていましたが、それが気持ちを乗せた双方向のやり取りになるとは想像していませんでした。どちらかというと、私の絵や授業が世の中に流れていく楽しさが、当初の原動力でしたから」

 ある日、柴崎さんは病気を患ったそうです。しばらく動画の投稿をお休みし、快復してから新しい動画を投稿しました。すると、思いもよらない反響があったそうです。「病気でした」と話したところ、「大丈夫ですか?」「治って良かったです」という数々のコメントの中で、ハッとさせられるコメントが書き込まれていました。

それは「書き出しが、『先生、私も病気です。闘病をしています』というものでした。察するに、誰にも相談できなかったのでしょう。自らの境遇を語ってくれて、お互いに励まし合いました。動画を見てくれる方と、そのような深い気持ちのやり取りをできる雰囲気が醸成されていることが、何よりもうれしくて」

 それ以来、柴崎さんは動画の終わりに、「次も元気でお会いしましょうね」など、見ている人に対して、よりメッセージを投げかけるようになったそうです。

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絵を通じたコミュニケーションを大切にしている柴崎さんは、YouTubeのコメント機能も積極的に活用しています。

「もうひとつ気付いたことは、私も含めたチャンネルに関わる人たちが、フラットな関係を築いていることです。通信講座や絵画教室にも、さまざまな生徒さんがやってきますが、絵を描き、休憩時間にお茶を飲んでお喋りをする間柄に上下はありません。対面でもデジタルでも、本質に変わりはないと思いました」

 嬉しいときに喜び合い、辛い時に励まし合う。人間の本質的なコミュニケーションは、デジタルだから、アナログだからという環境に左右されないもの。柴崎さんが大切にしているフラットな人間関係は、チャンネルの中で着実にコミュニケーションの輪を広げ続けています。

お互いを思いやる気持ちの連続が、心の距離を近付けていく。

 いまや全世界で70万人以上の登録者がいる柴崎さんのYouTubeチャンネル。動画を見ていると、柴崎さんはいつも笑顔で柔和に語りかけています。ともすると、いつも笑顔なのかと思ってしまいますが、辛いとき、悲しいときはないのでしょうか。

「人間ですし、ましてやこの歳ですから、体調不良の日もあります。それでも、絵画講師として現れるときは、『やぁ、元気?』と入っていきます。絵の楽しさを伝えたいのですから、下を向いていてはいけません。表情や挨拶などに気をつかい、心と心のつながりを生む架け橋でありたいと考えています」

 コミュニケーションにおいて大切なことは、お互いに心を開く環境がそこにあること。笑顔も、柴崎さんにとっては環境づくりの大切なもののひとつだそうです。相手に思いやりの心を持ち、何往復も気持ちの受発信を重ねていくことで、心の距離がどんどん近付くと話してくれました。

「絵画を添削する時に学んだことですが、とにかく人の話をよく聞くこと。思わず、自分の気持ちを伝えたくなりますが、まずは生徒さんのメッセージを噛み砕いて理解しなければ、会話になっていきません。それから自分の考えを伝えますが、その時も伝わる返答を心がけています。デジタルになっても、そこは変わらないと思います」

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柴崎さんの作業スペースには、デジタルとアナログの機材が混在しています。コミュニケーションもまた、どのような手法であれ本質は変わらないと言います。

 デジタル時代のいま、コミュニケーションの形は大きく変わりつつあります。対面が電話になり、メールが現れ、YouTubeのような便利なものがどんどん生まれています。柴崎さんが教えてくれたのは、手法がいかに変わろうとも、相手を思うという基本に変わりはないということ。聞くこと、相手を知ろうとすること、丁寧に伝えることをお互いに重ねていくことで、会話は温かいものになっていきます。

 最後に旺盛な探究心と、がむしゃらに取り組む姿勢でこれまでを生きてきた柴崎さんに、前を向いて力強く人生を歩むためのヒントを教えてもらいました。

「完成形のイメージをしっかりと持つことです。たとえば私の仕事なら、目の前にある山のように積まれた添削課題が全部片付く光景を、いつもイメージしてきました。人生も同じく、目標のようなものさえ見えれば、一歩目を踏み出せます」

 今後も「持てるノウハウを後世の人に残していきたい」と力強く話す柴崎さん。目指すのは、上手に絵を描きたいと思っている方にYouTubeを通じて「そこまで遠くない、ぼんやりと見える灯台のような存在になること」と話してくれました。

 人と人の関係性は、これからもあらゆる形で構築されていきますが、デジタルコミュニケーションの台頭によって、これまで届かなかった光が届くようになっているのかもしれません。新たな繋がりが生まれていることを柴崎さんの言葉から教えてもらいました。

柴崎春通(しばさき はるみち)

1947年千葉県生まれ。70歳を迎えた2017年3月にYouTubeチャンネル「Watercolor by Shibasaki」を開設。本格的な水彩画の描き方をわかりやすく丁寧に解説してくれる動画は国内外から大きな反響を集め、2021年11月現在、チャンネル登録者数は約89万人。動画のコメント欄やSNSを通じてファンとのコミュニケーションも活発に行っている。
https://www.youtube.com/channel/UCPiQ_mEXdEbB-3Yhiq7gq5w

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