明日をつくるつながり

国分寺

ぶんじ食堂

「ぶんじ」がつくる、ゆるやかなつながり。顔の見える関係性が生まれ、国分寺で暮らしやすくなった

 国分寺では、「ぶんじ食堂」といわれる場が定期的に開かれています。それは、一人ひとりの持ち寄りの気持ちに支えられた食事を提供し、お金はもちろん、地域通貨「ぶんじ」のみでの支払いも可能な、地域みんなで育てる「食」と「交流」の機会です。
 地元のカフェや居酒屋の昼間の時間帯などを利用して定期的に開催されているほか、地域の屋外イベントなど、市内各地で神出鬼没に開催され、始まって1年半で約40回もの開催回数を数えてきました。取材した日は、クルミドコーヒーではじめて「ぶんじ食堂」が開催された日でした。
 夕方になると地域の方々が手伝いに集まり、中にはお母さんと一緒に参加する小学生たちの姿も。クルミドコーヒー店主の影山さんもキッチンに立ち、一緒にトマトをたっぷり使ったカレーを作りました。

 食堂に集まったのは、国分寺に住むご近所さんや、クルミドコーヒーの常連さん、そしてぶんじを通じてつながった方たち。初対面の人もいる中で、同じテーブルを囲んで食事をするうちに、「国分寺に住んでいるんですか?」「この辺りですか?」などと会話をしながら打ち解けて、自然と会話が弾み始めます。

 実際にぶんじ食堂にいらっしゃった方にお話を聞いてみると、どうやら「ゆるやかなつながり」に魅力を感じているそうで、そこには他では感じられない居心地の良さがあるようです。「ゆるやかなつながり」とは、一体どのようなものなのでしょうか。実際にぶんじ食堂にお邪魔して、初めて参加した方や国分寺に住んでいる方、そしてぶんじ食堂に携わる方にそれぞれお話をうかがいました。

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はじめて訪れるぶんじ食堂で、積極的に他のお客さんに声をかける栗野さん。

食べ物がきっかけになり、初対面同士でも「美味しいね」と会話がはずむ

 今回初めてぶんじ食堂に参加したという会社員の栗野紗也華さんは、大学入学と同時に上京。最初は一人暮らしに孤独を感じ、知り合いも親戚もいない状況で食が細くなってしまったのだとか。そんな時に行きつけのお店を作ったことで、辛い時も悲しいことがあった時も、そのお店に支えてもらったとのこと。そうした経験を経て、自分の気持ちの支えとなってくれるような場所であり、つながれる人がいることの大事さに気づいたそうです。

 栗野さんは、もともとクルミドコーヒー店主の影山さんの著書を読んで感銘を受けていたのだとか。影山さんには自身が運営に携わるイベントのトークゲストとして出演を依頼したこともあり、ぶんじ食堂の開催はSNSを通じて知ったといいます。
 初めて参加した印象として「すごくあったかいなと感じました。同じテーブルを囲んでいるので、知らない人同士でも美味しいねって会話が弾んで。食べ物がきっかけになっている気がします」と話してくれました。
「人と人とのつながりは、紐解くと一対一のコミュニケーションがどれだけできるかが重要。仕事でも地域の中でも、その一対一の関係性を自分がどれだけ作れるかだと思っています」

 また、栗野さんの隣に座っていたのは、同じゼミの後輩で現在大学生の坂本里菜さん。坂本さんは以前にクルミドコーヒーをカフェとして利用したことがあるそうで、普段のカフェの雰囲気とぶんじ食堂の雰囲気の違いに驚いたのだとか。
「こうしたあたたかい地域交流は、貴重な機会。地方ではよくありますが、都内でこのような取り組みをしていることに魅力を感じました」と語ってくれました。
 これから就職活動を控える坂本さんはこれらの交流を通し、普通に会社で働く以外にも、他の選択肢があるかもしれないことを知るきっかけとなったそうです。

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お店中に「いい匂い」「おいしい」と食事を楽しむ声が響く。

顔見知りの関係が増えていき、ゆるやかにつながれる心地よさ

 ぶんじのイベントに複数回参加しているという石井暁子さんは、3年前ほどにクルミドコーヒーを知り、カフェ利用の他に食堂や農家さんと協力してのイベントなどにも顔を出すようになったそうです。美味しい野菜を作る農家さんがいることを知ったり、イベントの参加者と話が弾んだりして、国分寺の町に興味を持つきっかけをカフェからもらっているのだとか。

「お店に来たりイベントに参加したりすると、その人の仕事も年齢もわからないけれど、顔見知りが増えていくんです。ご近所付き合いが希薄になってきているから、こんな風にゆるやかにつながれるのが、心地いいのかもしれません」

 国分寺の駅前には、チェーン展開するコーヒーショップも多く並んでいます。普通のチェーン店ではコーヒーを飲んで帰るだけになってしまいがちですが、クルミドコーヒーは単にコーヒーを飲むためだけのお店ではなく、言葉を交わせる相手がいる場所。
「生活圏を離れた非日常的なコミュニティで、でも普段着のまま肩肘張らずに入っていくことができて、すっと抜けられるのが良いですね」と話していました。

 また、お隣でお話をされていた柴本春香さんは、ぶんじと関わるようになって4年ほど。
「安さや便利さだけでお店や野菜を選ぶのではなく、『この人が作ったから買いたい』『同じものを買うなら何かつながりがあるものを買いたい』と考えるようになりました」と、ぶんじを通じて価値観に変化があったといいます。

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クルミドコーヒーの外観。中に入ると絵本のような空間が広がる。

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子どもたちも積極的にカレー作りをお手伝い。

ぶんじに数字以外の価値を見出してくれた瞬間

 豊かな農地が身近に広がるぶんじ食堂では、食堂で使う野菜の「旬」も大事にしています。この日も子どもたちが調理の手伝いをしていたところ、「夏はきゅうりやとうもろこしがおいしいよね」などと、自然に話していました。私たち大人でも野菜から季節を感じ、旬のものを取り入れようとすることが少なくなっていますが、ぶんじ食堂の取組みは自然と食育にもつながっているようです。
 ちなみにこの日作ったカレーのベースには国分寺中村農園の中村克之さんが育てた、お店に並べるには形の悪いトマトがふんだんに使われており、ぶんじ食堂にてその中村さんにお会いすることもできました。そしてご自身が運営に携わるイベントにお誘いいただき、後日また再会することになります。

 そして、ぶんじ食堂に訪れる全員に笑顔で挨拶し、初めましての私たちにも気さくに話しかけてくださった永井千春さんは、ぶんじ食堂の中心メンバーの一人。ぶんじ食堂が目指すものとして孤食、食品ロスなどの課題解決、地産地消の推進などを挙げることができますが、もともとは人と関わって何か楽しいことをするきっかけを作りたかったそう。
「みんなで食事できる場所づくり」にこだわってぶんじ食堂を始めたわけではなく、結果として「人が集まる場」になったといいます。

 地域通貨「ぶんじ」は普段、国分寺市内を中心としたお店での支払いにも使用することができます。使用するときにはお店の人へのメッセージを書き、1枚100円相当として使うことが可能です。自分が受け取った「仕事」の主に対して、感謝の気持ちを伝えるための道具です。
 永井さんは以前、遠く県外からたまたまぶんじ食堂に参加することになった男性に、「ようこそ」の気持ちを込めてぶんじを1枚渡したところ、本来のぶんじの意図とは異なり「100円引きになってお得」という反応をされたことがあったのだとか。
 最初は値段だけで判断されたことを残念に思いつつも、一方、それが普通の感覚だと納得もしていましたが、食事を終えて精算をする際にその男性はそのぶんじを使わず、「またこのお店に来たいから、持って帰ります」と話してくれたんだとか。彼の気持ちの変化が嬉しかったと話してくれました。そして、その彼とは実際、いまも交流が続いているといいます。

 そうやってぶんじを通し、人と人とがつながる様子を見てきた永井さんは、人との関わり方について「『これが正しい』ではなく、『楽しい』であれば、共感してくれる人が現れるかもしれない」と語ります。
 ひとくちに「楽しさ」と言っても、そこには哀しさも含まれており、その哀しさがあるから、楽しさが際立つ。「場を作るのは楽しいことばかりではなく、しんどいこともあります。それでも、たまにごほうびみたいに感謝されたり良い反応をもらえたりすると嬉しいので続けられるんです」と話します。

 人間同士、お互いについて100%分かり合うことは難しい。でもお互いを知れば知るほど、分かり合えない部分も見えてきて、折り合いのつけ方だって分かるようになる。永井さんは、「ぶんじの仲間は、知れば知るほどそれぞれに個性があるし、違いがある。でもそれぞれへの敬意をもって、ゆるやかに関わり合えるから、気持ちいいんだと思います」と語りました。

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楽しそうにぶんじについて語る永井さん。「ぶんじはおおらかで、遊び心がある」と語る。

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