明日をつくるつながり|ともに生きているということ
旭山動物園 坂東元 園長

FEATURE | 明日をつくるつながり | ともに生きているということ

旭山動物園 坂東元 園長


動物園は子どもたちの最後の行き場所。奪ってはならないと開園を続けていた。

 ふと、鳥のさえずりが聞こえたときに、心が温まることはありませんか。そこに命があるという安心感。日常の忙しさに振り回されていると、さまざまな生き物と地球上で一緒に暮らしているという事実を、ついつい忘れてしまいそうになります。

 北海道の旭川市内にある旭山動物園は、「伝えるのは、命」をコンセプトに、動物本来の姿を大切にした「行動展示」を行っている動物園。すでに国内でも有数の知名度を獲得していますが、ボルネオ島に象の保護施設をつくるなど、その活動は海外でも高く評価されてきました。園長の坂東元さんに、「命」と「未来」についてお話を伺いました。

Zoom取材時の坂東園長。お話しされるたびにマスクに描かれた口元がモゴモゴと動いてチャーミングでした。

 まずお聞きしたのは、2020年の来園者数のこと。動物園は集客施設だけに、新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けたはずです。手元の資料によると、7月と8月は前年同月比で40%ほどの入場者数ですが、9月から10月にかけて70%ほどまで回復しています(※11月は前年比67.7%、12月は11.9%)。

「1月と2月は例年どおりの混雑具合でした。でも、3月になって北海道が独自に緊急事態宣言を出してからは、来場者数が激減しました。4月の2週目から5月末まで休園し、6月1日から営業を再開しています」

 通常、旭山動物園は4月の2週目からGW手前まで、冬の展示を片付けて夏の展示の準備をするために休園します。しかし、今年は5月末まで休園したとのこと。一体、どういうことなのでしょう。

「当園は郊外で屋外。しかも看護師が常駐していて、授乳室などのインフラも整っています。3月は他の集客施設がどんどん閉まる中、子どもたちの最後の行き場所を奪ってはならないという思いで、万全の注意を払って開園を続けていました。しかし、旭山動物園は公的な施設。4月は定期の閉園となり一度休園してしまったため、再開は関係各所との足並みをそろえ開園を待つことになってしまったのです」

 国内での旅行者数が大幅に減った夏を越してからは、少しずつ来園者が増え始め、GoToキャンペーンなど行政の施策も後押しとなり、来園者数は回復したそうです。

「秋の入場者数には、とても驚きました。これまでのように、海外からのお客様も、団体ツアーでのお客様もおられない状況です。それでも、個人旅行の方たちだけで前年比70%も来園されたのです」

 どうして、これほどまでに動物園を求める人が増えたのでしょう。

旭山動物園は2019年にカバ、アムールトラなどの出産ラッシュが続きました。

世の中が良くなった時に、トップスピードで走れることを意識してSNSを活用した。

「動物たちの命の営みの姿が、求められていたからかもしれません。私たちは、どうすれば旭山動物園を忘れないでいてくれるかを考え、5月2日からSNSを介して動物たちの暮らしを発信し始めていました。動物たちの姿や存在を通して、何かを感じ取ってもらえたらという思いからです」

 旭山動物園の魅力は、なんといっても動物たちの自然な姿が見られる行動展示。そこに、飼育員の人たちが工夫を盛り込んだ解説が加わり、来園する人たちに驚きと感動を与えてくれます。行きたくても行けない人たちに向けて、来園した気持ちになれる動画をSNSで発信したとのことです。

「これまで旭山動物園で行ってきた手法は、動物たちの前に人を集めて飼育員が解説するなど、密な環境をつくってしまうもの。withコロナ時代のいまは、インスタライブやツイキャス、YouTubeなどの動画を来園前に見てもらうことで、より理解が深まるように心がけて制作しています」

 大切なことは、ここに命があり、日々の営みがあるということ。思いを伝え、つなぐことを最大限に考えたSNSでの発信は、多くのフォロワーを獲得することになりました。

「とはいっても、基本的に動物園は来てもらってナンボの世界。ここにまさに命があるのですから。アナログとデジタル、それぞれに良いところがありますが、デジタルだけに頼らないようには気を付けています。また、来園された方には、もぐもぐタイムはできないけれど動物がよりいきいきするような工夫も合わせて行う努力もしています」

 坂東さんがSNSに感じたのは、思いをより凝縮して伝えられるという可能性。現在、園内に5Gネットワークの導入を進め、カメラを向けるだけで個体識別情報を表示するなど、旭山動物園らしい試みを試験しています。動物園の新しい楽しみ方の登場は、きっとさらなるファンを生み出すことでしょう。

コロナ禍の2020年12月に生まれた、アミメキリン「結」の赤ちゃん。一般公開に向けてすくすくと育っています。

ウイルスも自然の調和をつくる一員。立ち止まって考える時期が来ている。

 今回の新型コロナウイルスの到来により、大きな影響を受けている私たち、人間。一方で動物たちに影響はあったのでしょうか。

「動物にはほとんど感染することがないため、いつもどおり元気な姿を見せてくれています。もし何らかの影響があるとしたら、来園者が減って緊張感・刺激が希薄になってしまっていること。お客様から見られているという感覚が少なくなったことで、ちょっとのんびりしすぎている動物もいますね(笑)」

 厚生労働省の資料によると、ヒトから動物への感染はあったとしても限定的。ほとんどがヒトヒト感染で広がっているそうです。そこで、旭山動物園では、職員の誰かが感染してしまっても、濃厚接触者を出さないような体制を構築。すでに対策マニュアルは4訂版になっているとのことです。

「あくまでも一人の獣医としての個人的な見解ですが、このコロナ騒動は人災だと考えています。何千万年もかけて育まれてきた絶妙な生き物のバランスの中に、人類は土足で踏み入り続けてきました。そのため、本来なら接点がなかったウイルスを持ち帰ってしまったのです。しかも、人間は資源を使う一方で、循環させる意識が希薄。だから、どこかで地球の営みの循環が途切れて、このようなことが起こりやすくなってしまったのではないでしょうか」

 いま私たちが享受している便利な暮らしは地球の資源を使うことで実現しています。しかし、視野を広げて考えると、生態系や環境を乱す行為につながる部分もあったのだと、ハッと気付かされます。

「動物園の立場からすると、希少動物という考え方も人間だけの都合で決めています。大きな動物から微生物まですべて等しい命。自然の調和の中にある一員に過ぎません」

 人間が病気になってしまうからと感染症の根絶を目指し、いざ自らの科学技術が通じないとパニックになってしまう私たち。人間がいかに自然の営みから外れた生活を繰り広げてきたのか、今一度考えてみる良い機会なのではないかと坂東さんは話してくれました。

「でも、希望もあります。コロナ禍以降、来園される方々が動物を見る目が変わりました。これまではただ『かわいい』という感じでしたが、子育ての姿などをしっかりと見てくれるようになりました。みなさんの中に、『命』を感じようとする感覚がより強く芽生えてきたのかもしれませんね」

これから10年後の未来のために命と環境を考える。

 多くの人が、「できるだけ良い状態の地球を、次の世代に託したい」と願うのは自然なこと。そのために私たちができることはあるのでしょうか。坂東さんは、「身近にいる生き物のことを知ってもらうことこそ、最も環境保全につながる」と話します。

「空を見上げてスズメがいるとします。巣があり子育てしているなら、そのスズメの親は子どもが巣立つまでのたった2週間で3,000匹もの虫を獲って運びます。
 つまり、スズメを一羽見たら、虫が育つ環境が近くにあるのです。そこにある命の連続性にまで思いを馳せられると、自然の循環を破壊する行為に少しでもブレーキがかけられるのではないでしょうか」

 すべての命はつながっている。そう聞くと、身の回りにいる人も含めた生き物すべてが輝き、とても愛おしく思えてきます。

「人類がこれからすべきことは、環境保全です。エコと聞くと難しいものに思えるかもしれませんが、その中身はいたって簡単。生命を慈しみ、背景に気付き、目の前の相手にやさしく接することだけなのです」

 2020年の1年間。私たち人間は、それぞれの人が持つ価値観の違いに戸惑い、対立してしまうケースすら散見されました。目の前のことに手一杯で、考え方が異なる人を受け入れる余裕が少なくなっていたのかもしれません。

「世界を見渡せば、こんなにも考え方が違うのかという国や文化とも出会います。しかし、withコロナ時代の私たちに必要なことは、人間同士でも、生き物同士でも、相手の存在をまずは認めること。身近にいる生命に敬意を払えない人が、未来に対してアクションができるはずもありません」

 動物園が存在する理由。それは、命のつながりを感じるアンテナを、各自が育むためのもの。少しの気付きから未来が生まれる。旭山動物園では今日も動物たちが、命の素晴らしさと愛おしさを私たちに伝えてくれています。

今回の取材で、動物園が命の学びの現場であることに改めて気付かされました。


■ 坂東元(ばんどう げん)

旭川市旭山動物園園長。1961年旭川市生まれ。1986年5月に獣医として入園後、2009年に現職に就任。これまでの動物園の常識を覆し、動物たちの自然な生態を見せる「行動展示」を考案、同園を世界屈指の人気動物園へと押し上げる。旭山動物園公式サイトにて、独自の視点から動物たちの様子を語る「園長(ゲンちゃん)日記」を公開している。
https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/

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