明日をつくるつながり|ともに生きているということ
お産のへや 助産師 コプシュ麻衣子さん

FEATURE | 明日をつくるつながり | ともに生きているということ

お産のへや 助産師 コプシュ麻衣子さん


素晴らしい体験になるはずの妊娠・出産・育児を苦しいだけのものにしてはならないと思い付いたのが、オンライン両親教室だった。

 長い人生において、何度も経験できない体験があります。出産と育児もそのひとつ。妊婦さんはその身に赤ちゃんを宿してからおよそ10か月もの期間を経て、出産に至ります。さらに新生児の期間は、頻回授乳や夜泣きなどあらゆるお世話を経て寝不足でボロボロになることも。特に第一子の妊娠・出産・育児はわからないことだらけで、新米のママ・パパは不安でいっぱいです。

 その不安を少しでも和らげようとオンラインで両親教室を開いているのが、助産師のコプシュ麻衣子さん。妊娠・出産・育児は、本来、楽しいものですと笑顔で話します。

Zoom取材時のコプシュさん。穏やかな語り口から、不安でいっぱいの新米ママ・パパたちをリラックスさせていることが伝わりました。

「ママたちは、いわば半狂乱の状態になる人もいるほどの痛みに耐えて出産します。でも、赤ちゃんが産まれたとたんに、ママも、立ち会っているパパも、不安そうな表情からパッとこれ以上ない笑顔に変わるんです。助産師として出産に立ち会う中で、これこそ生命の誕生の輝きだと、毎回感じています」

 そういえば子どもを産み、育ててきたママたちの多くは、出産前後のことを振り返ると話が止まらなくなります。たとえ悩みと試行錯誤の連続であっても、ここまで歩んできた道のりが、いかに濃密なものだったかを物語っています。

「ただ、昨今のママ・パパの悩みは、これまでとは異なるものになっています。核家族化が進み、近所付き合いも薄くなったことで、頼れる人が周囲に少なくなってしまっているんです。特にコロナ禍においては、移動の制限やステイホーム、リモートワークの推進などで、一人になってしまう環境が増え続けています」

 コロナ以前の日常ではできたことが、予期せず不可能になった2020年。妊婦さんたちもまた、困った状況になっていたのです。自らも第二子の妊娠中で育休に入っていたコプシュさんですが、同僚の助産師の方たちから不安が広がり続けていると聞き、「お産のへや」というオンライン両親教室を開きました。

「コロナ以前は、周囲に頼れる人がいないとなっても、行政支援やコミュニティが機能していました。しかし、それらの多くは休止や延期に。かろうじて残ったのは電話相談ですが、1日に対応できる人数には限りがあります。せっかくの素晴らしい体験になるはずの妊娠・出産・育児。苦しいだけのものにしてはならないと考えた時に思い付いたのが、SNSやZOOMを使用した両親教室でした」

 いま、「お産のへや」には、より良いお産を目指して、たくさんのママ・パパたちが集まっています。ただただ話ができるだけでも嬉しいという人もいるほど、withコロナ時代の出産・子育ては大変なものになっているそうです。

孤軍奮闘を余儀なくされたコロナ禍での妊娠期間と出産。それでも、「つながり」から未来をつくる。

 ご存知のとおり、新型コロナウイルスの広がり方は、時期によって差がありました。出産前後のママたちに最も厳しかったのは春先。妊婦検診の付き添い不可、お産の立ち会い不可、先生や助産師と話せる時間の減少、里帰り出産不可、先に里帰りしていても夫と長期間会えないなど、数え切れないほどの試練が発生していたのです。

「特に春先は、感染者数が多かった関東の都市部からの参加者が多かったです。もともと、"わからないことがわからない"のが第一子の出産。いきなり到来した新型コロナウイルスのせいで、さらにわからないことが増えてしまいました」

 そんな時に頼みの綱になるのは、確かなことを教えてくれる存在と、同じ悩みを抱えているママたちとのつながり。コプシュさんは、その両方を満たす教室を運営することで、悩みを解消していったそうです。

「いまは検索すればいろいろなことがわかる便利な時代です。でも、情報がありすぎても、知識や経験がないと情報に優劣がつけられません。たとえば『夫が来られないときに、一人で陣痛を耐えるには?』と調べると、呼吸法やグッズ、精神論などさまざまな内容が出てきて、余計に混乱してしまう人も。大切なことから些細なことまで、情報に囲まれる環境では、余計に不安を煽ってしまうと感じています」

 些細なものの例として挙がったのは、赤ちゃんグッズ。確かに、記事に書かれているものをすべて購入していたらキリがありません。自身の方針や生活習慣によっては使う必要のないものも多く含まれています。コプシュさんは、大きなことから小さなことまで新米妊婦さんの不安を解きほぐし、より安心できる出産へと参加者を導きました。

「最たる例は、海外にお住まいのとあるママでした。想定していた日本への里帰りは不可。外出は法律で禁止。産婦人科には行けますが、パートナーの転勤に伴った移住のため、語学も不十分。生活も出産も、慣習が異なるなど、不安に押し潰されそうだと教室に参加されました。いまは無事に出産し、新生児の育児に奮闘しておられます。」

 地球上で営まれているそれぞれの人生。妊娠、出産、育児においても、その人・家族だけのストーリーがつむがれていきます。コプシュさんはそれぞれの参加者たちに最適なサポートを届け、新しい命の架け橋になっているのでした。

コロナ以前はマタニティヨガ教室にたくさんのママたちが通っていました。

知識と経験だけでは心に響かない。「人」がいて「つながり」があるから、心に残る体験になる。

 たくさんのママとパパに安心をもたらしてきた「お産のへや」。それでは実際に、どのようなことを教室で行っているでしょうか。コプシュさんに質問してみました。

「メインになっているのは、一般的な両親教室のオンライン版です。さまざまな悩み事を聞き、助産師として経験してきたことを伝えています。たとえ基本的なことでも、会話は本やインターネットとは違って心に残ると、参加者の方々からお聞きしています」

 出産という命がけの行為に身を置いた時に、知識や情報が助けになることはひとつの事実。しかし、そこに肉声や表情などが加われば、ほっとして心に残ると参加者たちは感じたようです。

「同じ悩みを持つほかのママたちと話すだけでも、安心感を得られるそうです。一人でいると、『私がおかしいのかな?』と感じてしまうことがあっても、みんなも同じだったと知るだけで、心に安心感が芽生えます」

 SNSを見ると、通常の両親教室だけではなく、マタニティヨガ教室もあります。なんと、コプシュさんはインストラクターとしても活躍中。一体、どのような経緯でこのようなレッスンができたのでしょうか。

「もともと運動が大好きということもありますが、助産師としても妊娠中の運動はとても大切なので奨励しています。私自身も第一子の妊娠9か月目までマタニティヨガを教えていましたし、出産の前日もプールで水泳をしました。ヨガと呼吸法はずっと続けてきたこと。持てる知識と経験を総動員してできたのが『お産のへや』なんです」

 取材をした2020年の12月現在、コプシュさんは第二子を妊娠中。適度な運動を続けることで、第一子の妊娠時も今回も体調は良好とのこと。むくみや腰痛といったマイナートラブルとも無縁だそうです。

「お産のへや」公式サイト。両親教室は近日再開の予定です。

より良い未来を生み出すために必要なのは、国や個人の力に加えて、みんなの思いを束ねること。

 女性にとって人生の大きな転機となる妊娠・出産・育児ですが、現在は男性の育休取得も進み、家族で取り組む体制が少しずつできてきました。コプシュさんも時代の変化を感じているようです。

「両親教室の男性参加者は女性に対して約80%です。私の親の世代からすると画期的な増え方ともいえますし、まだまだという声が出る理由もわかります。ただ、現場にいる者としてうれしいのは、参加される男性が積極的なこと。どんどん質問してくれますし、関わろうという気持ちが伝わってきます」

 以前、両親教室は母親学級という名称でした。また、現在も使われている母子手帳の名は、子育てをママだけが行うものという時代の名残ともいえます。さまざまな制度が見直され、世間の空気も変わりつつある現在ですが、安心して子育てをする環境はまだまだ整っていない部分も多くあります。

「育休が奨励されているとはいっても、まだ一部の先鋭的な企業だけです。どこが原因でどこを変えるという話ではなく、誰もが一体となって取り組むべき課題ではないでしょうか」

 核家族と共働きの増加によって、これまでの常識が通じなくなってきた出産や子育てですが、みんなで取り組むことで新しい常識を生み出せそうです。一方で、「もし、これさえあれば」というものはないかも質問してみました。

「私は夫が外国人なので、どうしても海外の情報がいっぱい入ってくるのですが、ベビーシッターやナニー(乳母)がもっと身近で気軽なものになればと感じます。特に第二子以降の子育ては、兄姉の子育てと同時進行。関わる大人の数が限られている現状を考えると、ここに便利な制度があるだけで、みんなに心の余裕が生まれると感じます。なによりも、親の負担は、めぐりめぐって子どもの負担になってしまいますから」

 コプシュさんがいま取り組んでいるのは、カウンセリングができるようになること。心に疾患を持つママと出会う機会が増えたことが、その理由です。「望む人すべての出産・子育てをサポートしたい」と願うコプシュさんは、今日も「お産のへや」で新米のママ・パパとつながり、新しい命を迎え入れる準備をしています。


■ コプシュ麻衣子(こぷしゅ まいこ)

2003年から京都市内で助産師として勤務。妊産褥婦や生まれてくる赤ちゃんのためにアロママッサージセラピスト、マタニティヨガインストラクター、ベビーマッサージなどの資格も取得。その経験を生かし、産前産後に必要なクラス「お産のへや」を京都市内で開催。新型コロナウイルス感染症拡大以降は、オンラインでクラスを開講。現在、第二子を妊娠中。
https://www.osan-no-heya.com/

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