明日をつくるつながり|新しい生活様式の中で
Village AOYA & イシノマキ・ファーム

FEATURE | 明日をつくるつながり | 新しい生活様式の中で

Village AOYA & イシノマキ・ファーム


農という専門分野が、社会変化の中でライフスタイルになった。

 土を触り、作物を育てることで、こんなにも心身が健康になるのかと驚いた前回の「イシノマキ・ファーム」と宿泊型農業体験施設「Village AOYA」への訪問。
 何よりも体験することに価値を置いた活動は、この新型コロナウイルスの騒ぎで一体どうなっているのでしょう。一般社団法人イシノマキ・ファームの代表理事の高橋由佳さんに、再びお話を伺いました。

「もちろん、受け入れ人数を制限しているので、例年のような活気は農場にありません。また、ボランティアも大幅に減りました。でも、大きな変化がありました。それは、訪れてくれる人々やスタッフの心のあり方です」

 利用する人たちから「こんな生活に憧れます」「何よりも楽しそうに働いていて、社会とのつながりもある仕事ですね」という声が上がってきたのは、新型コロナウイルスが蔓延し、自粛期間が終わってからのこと。一体どうしてなのでしょう。

「これまで来られる方々は、農業がやりたい、ビールが好きだからホップを育てたいなど、明らかに農業という軸がありました。しかし、今年になってからは、住む場所やくらし方に注目している人たちが増えています」

 思えば、そうだ。私たちも都会の中でくらしながら、いつも自然を求めていました。それは昨年までの平常時もそうだったけれども、人と簡単に会えなくなったいまだからこそ、より強く自然を求める気持ちがあります。「このまま都会にいていいの?」「もっと良い生き方ってあるのかもしれない」、そう心の中で思っている人はたくさんいそうです。

「スタッフたちの自覚のようなものも変わりつつあります。ホップの収穫量が増えたので地元メディアからの取材がいくつか来たのですが、そこで彼ら彼女らは移住の先輩として紹介されます。また、取材してもらうことで自分の存在が社会の役に立っているということを改めて実感できました。そういった価値観の棚卸しをみんなで行った半年間でした」

 高橋さんだけでなく、スタッフたちも「もっと自分たちが受け皿になりたい」「この文化を発信していきたい」という思いが強くなったそうです。

みんなで育てたホップが今年も無事収穫を迎えました。

五感をフル活用する体験型施設が、すべてを満たせないオンライン中継で得たもの。

 イシノマキ・ファームもまた、オンラインを活用して、現地でしか体験できないことを人々に伝えようと努力しました。その結果、普段はつながることができない四国や九州の人たちがオンラインイベントに参加。「状況が落ち着いたらぜひ、行ってみたい」という声をもらったそうです。

「ゴールデンウィーク頃からZOOMを使って、オンラインでつながるイベントを開き始めました。参加される方々には事前に石巻の食材を送り、それらを食べたり飲んだりしながら、畑の様子や街の様子のライブ中継を視聴してもらったのです」

 オンライン中継で体感できるのは、あくまでも映像と音。届けられた食材を飲食しながら中継を見ても、どこか物足りなさがあるのではないでしょうか。率直に高橋さんに、オンライン中継では補えないことがあるのでは?と聞いてみました。

「私たちも、オンライン中継で伝えられることには限りがあると、当初は考えていました。でも、ホップの香りを映像を通して言葉で届けようとすると、欠落している情報を補いたいと思うのか、以前よりも強く現地に行ってみたい!と発言される方がたくさん現れました」

 移動が自由に行えない現在、実際にイシノマキ・ファームやVillage AOYAの訪問は難しくなっています。行きたくても行けないもどかしさも手伝って、つながりの数も太さも増えたのではないかと高橋さんは話します。

今回の取材もZOOMでお話を伺いましたが、私たちも今すぐイシノマキファームへ行ってみたくなるほど素敵なお話をたくさん聞かせていただきました。

「新型コロナ以前は、うまく参加者を集められないことも度々ありました。今年は、参加人数の制限をしていたとはいえ、オンラインイベント経由ですぐに予約が埋まりました。テレワークでどこにでも住める人が増えたからかもしれませんね。また、食に安心と安全を求める人も増えてきたと感じます」

 いま、高橋さんは何名かの移住者のために、地域内で空き家を探しています。移住予定の方は「ビルの中では何も思い付かないけど、空気が良いところで作物に接しながらくらしていると、アイデアがわいてくるんです」と話していたとのこと。理想的な環境に身を置くことが、これからのスタンダードなくらし方になる可能性を感じます。

困っている人が農業と触れ合うことで、立ち直るきっかけを得ることも。

 イシノマキ・ファームがある北上町は、石巻市内から車で40分ほど。高橋さんに町の状況を聞いてみると、新型コロナウイルスの蔓延以前とさほど変わらないようです。

「町全体でイベントがなくなってしまいましたが、それ以外は普段どおりでした。野菜のお裾分けなんかもいつもどおり。でも、石巻市内まで行くと違いますね。駅前の目抜き通りには人影がほとんどありませんでした」

 人や物の流れが滞った自粛期間以降、郊外は普段どおりのくらしを続けていましたが、仙台市などでは状況が異なっていたと高橋さんは話します。

「仙台市内の企業に派遣で勤めていた人たちが、職を失っているという現実があります。イシノマキ・ファームでも、シェアハウスを提供して就労支援をしていますが、そこから農業に目覚め、移住した人も。アルバイトで学費や生活費を工面していた大学生の人たちもいますし、都会ほど困ったことになっていると痛感します。できるだけのサポートをしようと体制を整えました」

土に触れる仕事をすることで、新しいアイデアが湧いてくる人もいるんだとか。

 経済活動を段階的に解禁していくなど、世間が以前の姿に戻ろうとしている中で、どうしても元の状況に戻れない人たちがいます。落ち込み傷ついた人たちが、土や作物に触れていく中で心身を持ち直していく姿を見るほどに、高橋さんはイシノマキ・ファームを立ち上げてよかったと思っているそうです。

「農家の方々との触れ合いの中で、よくできたね、おつかれさま、明日もよろしくなどの挨拶を交わすだけで、明日来てもいいんだと思えます。自信をなくした人が都会でまた這い上がっていくのは困難ですが、ほんのちょっとした挨拶でも、立ち直るきっかけになるのです」

 スタッフの中には、かつて引きこもりだった人もいるそうです。ある日、家に採れた作物を持って帰ったところ、前まで「働いてくれ」と怒ってばかりいた親が、笑ってくれたそうです。「これでいいんだ」という自己肯定は、そのスタッフが心の健康を取り戻すために最も必要なことだったのです。

人とのつながりを軸に、これまでの経験を生かしながら新しい時代を目指す。

 このようにイシノマキ・ファームは、ただ作物をつくり、販売しているだけではなく、関わる人それぞれの幸せのカタチを求めて活動しています。だから、スタッフのことを話すときの高橋さんは、とても愛情に満ちた表情に。そんな高橋さんが最も大切にしていることは、作物を通じて他の生産者や消費者とつながることです。

「よくある話ですが、形が不揃いのものはスーパーで取り扱ってもらえません。私たちが育てている無農薬の野菜もまた、形の良い物の方が少ないです。でも、マルシェなどでご説明すると、『がんばって育てているんだ』『それならきっと美味しいはずだ』と笑顔と共感が生まれます。その心がつながる感触を、何よりも参加者の方たちに体験してほしいですね」

 とはいえ、イシノマキ・ファームで就農体験をすることも、採れた野菜をマルシェで販売することも、まだまだ自由にはできません。高橋さんは、これからの世相の変化やイシノマキ・ファームの未来をどのように考えているのでしょうか。

「コロナ禍の中で、社会は持久力の向上を目指し始めたと考えています。特に安心で安全な食べ物を確実に得たいという流れになっているのではないでしょうか。ですから、農業だけでなく一次産業全体に注目が集まっているのだと思います。ただ、東北で気温40度になるなど、これまでの経験が通じない環境ですから、AIやIoTの活用は必須になってくるのではないでしょうか。

 私たちは農業をするだけではなく、体験や教育をプログラムにしています。ですから、教育の格差を少しでもなくせるように、今後もソーシャル・ファームの形態は力強く推進していく予定です」

 物質で満たされる時代は終わり、より心と心のつながりが重視される時代になっています。オンライン配信やAIは、あくまでも人の補助をするもの。高橋さんのメッセージは、人同士がつながることの大切さを再認識させてくれるものでした。

●前回取材記事「Village AOYA」はこちらからご覧いただけます。


■ 高橋由佳

宮城県仙台市出身。二輪メーカーにてモータースポーツの企画運営をし、自身もレースに参戦。
その後、教育分野・福祉分野の専門職を経て、2011年に障害者の就労支援団体のNPO法人Switchを設立。認定NPO法人Switch 理事長。
2016年、様々な理由で通常の仕事に就くことが難しい人たちのための中間就労の場として一般社団法人イシノマキ・ファームを設立。ソーシャルファームを理念とした農業担い手育成を行い、ホップ栽培やクラフトビールの開発に取り組む。就農支援・移住促進の拠点として宿泊型農業体験施設Village AOYAの運営も手がけ、共生できる社会の実現に向けて積極的に活動を展開している。

■ Village AOYA

イシノマキ・ファームが運営するゲストハウス。築100年以上の古民家を合同会社巻組のプロデュースでリノベーションし、短期の体験滞在やファームステイを体験できる。利用者や地域ボランティアが栽培したホップを利用したビール「巻風エール」の販売も行っている。
Village AOYA:https://nazoventour.wixsite.com/villageaoya

バックナンバー

淡路島 国分寺 石巻