1990年代後半から議論され始めた、金融機関による生命保険商品の窓口販売は、2002年10月の個人年金の解禁で幕が開けた。その後、2005年12月には一時払終身保険等の販売が解禁され、2007年12月には全ての保険商品がその対象となった。
金融機関窓販の解禁については業界各社が反対する中、フコク生命は「営業職員だけでは手の届かないお客さまとの接点を増やすことができる」といち早く賛同を表明。Face to Faceで地域に密着する信用金庫を中心に窓販を展開していく。
当時の総合企画室長で、当初から生保窓販の積極論を主張した富国生命保険相互会社第9代社長米山好映(よねやま よしてる)をはじめ、信用金庫開拓に奔走した者たちに、その当時の想いを100周年プロジェクト社史外伝チーム(※1)が聞いた。

※1 100周年プロジェクト社史外伝チーム
2023年に創業100周年を迎える当社は、「THE MUTUAL」(ザ・ミューチュアル)というコンセプトのもと、100周年プロジェクトに取り組んでいる。「THE MUTUAL」とは、共感・つながり・支えあいをベースとした、次の100年に向け進化する次代の相互扶助のこと。社史外伝チームは、年表では読み取れない役職員の心情や熱意を深掘りし、その想いを語り継ぐべく記録として遺す。

自己都合のために
お客さまの利便性を阻害してはならない

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米山
生保業界は、生保窓販について強く反対していました。銀行をはじめとした金融機関は強力な販売力を有しており、圧力販売につながる恐れがあるということが反対理由です。しかし、これは建前。銀行の窓口による販売が拡大することにより、営業職員による保険販売に影響が出ることを危惧したということが本音だと思います。
そのような理由で反対しているのであれば、会社つまり自己都合のためにお客さまの利便性を阻害することになります。そのようなことは、決してお客さまのためにはならないと考え、当社は金融機関による生保窓販に賛同します。
営業職員の質の向上を図っていく中で、かつてのようにどんどん営業職員数を増やしていくことはできません。しかし、これではお客さまとの接点が減ってしまいます。従って、お客さまとの接点を増やすという目的を達成するために、当社は金融機関窓販を重要なチャネルと捉えました。
営業職員による対面販売と金融機関による窓口販売という2本柱の営業体制を構築することで、これまで以上にお客さまとの接点を増やすことができると考えたのです。

実際、円建ての定額年金をメイン商品としたフコク生命の窓販は順調に伸びていく。しかし、2005年に状況は一変。役務収益の更なる拡大を目指す金融機関が、相対的に手数料の高い元本保証型の変額年金や外貨建ての定額年金の取扱いを急激に増やしたからだ。

経営理念である「ご契約者の利益擁護」
この軸は絶対にぶらしてはいけない

米山
特に元本保証型の変額年金はブームとも言える急激な伸びを見せました。この大ヒットで他社が大きく業績を伸ばす中、当社のプレゼンスは相対的に低下します。元本保証型の変額年金という商品性に違和感を覚えたのは事実ですが、さすがにこのときはこうした商品を販売すべきか悩みました。反対論が渦巻く中、いち早く生保窓販への参入を表明し、業績が堅調に伸びていただけに尚更です。
米国に行き保険会社の幹部の話を聞いたり、様々な人と議論を重ねましたが、最終的には経営理念である「ご契約者の利益擁護」のもと、これらの商品は取扱うべきではないと決断しました。
改めて振り返ってみても、当時は四六時中そのことで頭がいっぱいでした。しかし、決断をするときには、「お客さまを守る」ということに帰着しました。この軸は絶対にぶれてはいけないと確信しています。

2007年にサブプライムローン問題が表面化し、世界経済が失速し始めると元本保証型の変額年金の販売を休止する生保も現れる。さらに翌2008年のリーマンショックで、ブームは終焉を迎える。
この商品については、「元本保証」という言葉が先行し、そのリスクや商品性について説明が不十分なままで加入するケースや、そもそも保険商品と認識せずに加入するケースもあった。加えて加入者は高齢者も多く、相談や苦情が増加するなど、収益至上主義といえる金融機関の販売姿勢に厳しい批判が巻き起こった。
また、生保も販売拡大を求め、より高い販売手数料を設定したり、より大きな運用リスクを背負う商品提供を行った結果、多額の損失を計上した。


時計の針を2002年に戻す。
窓販解禁を見据え、提携していくべき金融機関の中心と考えたのが信用金庫。主な理由は2つある。1つ目は、信用金庫業界と当社の歴史は古く、長く親密な関係を築いていたこと。2つ目は地域密着で、足しげくお客さまを訪問し接点を深める信用金庫のFace to Faceによる営業スタイルが当社のそれにマッチしていることだ。
2002年3月、信用金庫の代申会社指名について営業を徹底することが社内通達される。代申会社(※2)に指名されると、業界共通試験の研修や受験申込み、募集人登録の管理業務など確かに事務負荷はかかる。しかし、こうした実務を通じて、強固な関係を築くことができる。結果として、代申会社の提供する商品が窓口販売の中心となる可能性が高くなると考えた。
信用金庫から全国信用金庫協会(※3)への代申会社確定報告の締切は4月。よって、代申会社指名の営業は約1ヵ月の短期決戦となった。そして、代申会社指名獲得の目標を「200」と定める。
当初は動きが鈍かったものの、中盤からは雪崩を打つように指名獲得が急増。最終的には全340信用金庫中248もの信用金庫から代申会社の指名を受け、308信用金庫と代理店契約を結ぶなど、他生保を圧倒する結果となった。
5月からは、代申会社の指名を受けた信用金庫の代理店登録や資格試験の受験および生命保険募集人登録を開始。248信用金庫の代理店登録と6万人におよぶ信用金庫職員の生命保険募集人登録などを、9月末までの5ヵ月で行う、まさに一大プロジェクトであった。
当然、多くの困難があった。当時、市場開発部窓販推進グループに在籍し、プロジェクトを推進したのが櫻井健司(さくらい けんじ)と武内邦正(たけうち くにまさ)であった。

※2 代申会社
保険代理店が保険業法に基づき登録の申請または届出を行う場合、原則として代理店の所属する保険会社を代理人として手続きを行う。この所属保険会社を代理申請会社といい、略して「代申会社」と呼称される。

※3 全国信用金庫協会
全国の信用金庫を会員とし、信用金庫の健全な発展と社会的使命を果たすことを目的に設立された公益性をもつ一般社団法人。

信用金庫とお客さまに対する
責任と使命

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櫻井
窓販参入の推進プロジェクトを託された時は、面白そうだな、挑戦しがいがあるなと、とても前向きに受け止めました。
ところが、実際にプロジェクトが始まると、本当に大変でした。もちろん、それは私だけではなく、プロジェクトメンバーや関連部門、窓販参入の推進に関わった全ての者が同じように感じたと思います。
特に大変だったことは、何をいつまでに行う必要があるかということが誰もわからなかったということです。窓販解禁日に向かって、迷いながらも走り続け、判断しなければならない。まさに、暗中模索の連続でした。肉体的なしんどさもありましたが、それよりも精神的なプレッシャーが強烈だったことを今でも覚えています。
そのプレッシャーに打ち勝つ原動力となったのは、会社や業界、そして何よりもお客さまを背負っているという責任感と使命感です。当社だけではなく、他生保も窓販に参入するという業界全体にとって意義のあるプロジェクトでしたので、当社だけが後れを取るわけにはいかない。万が一にも、当社の対応が滞ることで、お客さまにご迷惑をおかけすることになってはならない。必ず成功させる。こうした責任感や使命感をプロジェクトに関わる全員が持っていました。だからこそ、無事に窓販解禁日を迎えることができたと思っています。
そして、もちろんこれは信用金庫さんの真摯なご対応があってのことです。改めて、信用金庫さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

大きな力となったのは
先人が築いてくれたつながり

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武内
2002年3月に信用金庫の代申会社指名について営業の徹底が通達された時は、いよいよ決戦が始まるのだと、気持ちが高ぶりました。信用金庫業界の代申会社指名獲得において他社に負けるわけにはいかない。強い決意を持って営業をスタートしました。全国の市場開発担当者をはじめ、全役職員で営業をしなければ勝利はありません。皆が絶対に負けるわけにはいかないという気持ちで動いていました。それがなければ、248もの信用金庫から代申会社に指名されることはできなかったと思います。
先人がつくりあげてきてくれた信用金庫業界とのつながりが、とても大きな力となりました。長い歴史のおかげで、信用金庫の皆さんが当社のことを身近に感じてくれていることも実感しました。こうした先人が脈々とつくりあげてくれたものの上に、フコク生命の今があるんだということを心の底から再認識しました。先輩方には本当に感謝という気持ちしかありません。

その後、フコク生命は窓販業務を新会社で行っていく方針を打ち出す。2006年に共栄火災しんらい生命を子会社化することを発表し、2008年から「フコクしんらい生命」として窓販業務を展開する。子会社化時点で約800億円だった総資産は、2011年度末に1兆円を超えるなど、急速な成長を遂げることになる。

生保業界が反対する中、生保窓販にいち早く賛同を表明したフコク生命。地域密着の信用金庫を中心に円貨建ての定額年金を販売し、順調なスタートを切るが、元本保証型の変額年金ブームでそのプレゼンスは低下した。
この商品を取り扱うべきか悩みに悩み、そして決断する。経営理念である「ご契約者の利益擁護」のもと、販売はしないと。
わたしたちの判断や行動のベースにあったのは、常にお客さまの存在だ。時代に合わせ変化対応することは当然のこと。しかし、軸は決してぶらさない。「ひたすら、お客さまのために」を考え行動する。それがフコク生命だ。

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